winter song
突然の訃報で驚いたのは、死んだことにではなく、一週間前まで父親が生きていたという思いがけない事実にであった。
私は母に育てられた。父親は私が乳飲み子の時に病気で死んだと聞かされていた。母は再婚もせず、女手一つで昼も夜もなく働き、私を大学まで行かせてくれた。
幼い頃は、父親がどんなものかも知らないのに父親を恋しく想い、両親のいる友達が羨ましかった。祖母と過ごす時間が多かったので、母の勤め先の事情で急に仕事が休みになると、母は困っていたが、私はそれが嬉しくて仕方がなかった。仮病を使って学校を休んだりした。母はそれが仮病だとわかっていたに違いない。私にも子供ができた今はわかる。
布団に横になって、台所に母の姿があるのを何度も見ては、嬉しくて大笑いしたいのを布団をかぶって隠した。母は仮病の私におかゆを作って食べさせてくれた。
その母も、半年前に亡くなった。
祖父母も、母の姉妹もとうに他界し、顔を知る親戚はいなくなってしまった。
触れることで、母の思い出が溢れ返り、それがまだ辛いと感じるうちは遺品の整理ができなかった。半年経って、ようやく母の部屋に入っても大丈夫な気がして私はふすまを開けた。
綺麗好きだった母は、亡くなる前も相変わらず整理整頓された部屋を保っていた。なんとなく、押入れに惹かれて開けてみると古いダンボール箱を見つけた。中身は、私の小学校の文集や母の日に贈った似顔絵やペン立てなどだった。私の思い出というより、母の思い出としてしまわれていたのだろう。取り出して眺めていると、底の方に紙袋の包みが出てきた。中身を見ると、葉書の束だった・・・。
忘れていた記憶が一瞬で蘇り、私の背中に戦慄が走る・・・
差出人は、住所もない「やさいのおじさんより」
思い出した・・・。幼い頃、私は野菜のおじさんと文通をしていた。
私の言葉を母が葉書に書いてくれた。
「たかひこくん、こんにちは。
たかひこくんはピーマンがきらいなんだね。にんじんがすきなんだね。
ピーマンをこまかくきって、にくといろんなやさいでいためてたべたらおいしいよ。おじさんのつくったピーマンをおくるから、おかあさんとたべてね。きっとたべられるよ。またね。」
野菜のおじさんのおかげで、私は随分と野菜嫌いを克服してきた。
ただ、おいしいよ。たべられるよ。と書かれていただけなのだが、子供には充分すぎる効果があった。
葉書が来ていないかどうか毎日ポストを見た。届いている時は、大声で母を呼び、わくわくしながら返事を書いてもらった。
おじさんとは、野菜の話だけではなく、テレビの話や野球の話などもした。しかし、成長するにつれ、それ以上に楽しいことや興味の対象が増えていき「やさいのおじさん」のことは忘れてしまっていた。
葉書をランダムに見ていると、プロ野球選手の名前や、車や電車の乗り物の名前など、男同士らしい内容だったのが伺えた。
野菜のおじさんに会ったことはない。誰なのかも知らない。
文頭は、必ず「たかひこくんへ」で始まっていた。
押入れには、ダンボール以外に衣類ケースと布団が収納されていた。随分と物が少なかった。葉書の束だけを取り、押入れを閉めた。
鏡台と箪笥と、ちょこんとした机と椅子が置かれているだけの殺風景な部屋。
机の引き出しを開けてみた。一番上に母の字で、病院の名前と男性の名前が書かれた紙があった。知らない名前だった。
明るくて、顔の広い母だったので知り合いなのだろうとその時は気にも留めず引き出しを閉まった。
一階の奥の母の部屋に入ってから、三日後のことだ。
私宛に、小包と手紙が届いた。中身は葉書の束だった。
「やさいのおじさんへ つかもとたかひこより」
私が野菜のおじさんに出した葉書のようだが、なぜここにあるのか、野菜のおじさんとのやりとりをつい三日前に思い出したばかりで、事の成り行きに頭がついていかなかった。
手紙は小包の中に入っていた。細やかな字で、便箋十三枚にも及ぶ手紙は、死んだはずの父が生きていたという吉報にも近い、悲しい知らせだった。
差出人は、父の妹と名乗る女性で、母が亡くなったことを最近知り、父も亡くなった今、私には一生明かさないと決めた家族の約束を、悩んだ末に独断で私に手紙を書いたのだ。
突然の手紙で申し訳ないという冒頭で始まり、両親について、私は初めて知ることができた。
父と母は、大学時代の先輩と後輩で、母の卒業を待っての結婚だった。
翌年、私が生まれた。父は清掃会社に勤めていたが、稼ぎの良い現場の力仕事へ転職した。私が一歳になる前に、現場の事故で右腕と右目の視力を失い、両足に障害を負った。
今ほど福祉に充実した時代ではなく、障害者に対する意識も認識も薄く、環境も整っていなかった。障害を負った夫と乳飲み子を抱えての生活は若い母には酷だと、双方の親は2人に離婚を薦めた。父は承諾したが、母は拒否した。皆が離婚を促す中で一生懸命介護と育児をこなすも、日に日に痩せやつれていく母は見るに耐えられないものだった。
叔母いわくは、離婚が決して良い解決法ではないとしても、母と父と子供が健全に生活するためには一番良いと両家の親が話し合った結果だという。このままでは、子供を施設に預けなければ夫婦でい続けることは無理だと母を説得した。
子供を手放すという条件は、母に離婚届に判を押させる決め手となった。その代わり母は、父親は死んだことにしてほしい、今後二度と会わないでほしい、連絡もしないでほしいと言ったという。父を愛していたが、自分の決意と覚悟は半端なものではないと示したのだろう。
父は、親元で暮らした。懸命なリハビリで、杖をついて自分で歩けるところまでは何とか回復した。利き手を失ったので、左手で何でもできるよう訓練した。両親が他界した後は叔母が引き取った。
兄とは言え、嫁いだ自分の家族の中で障害者の面倒を看るのは、想像以上に大変だった。父もそれを気にしていたのか、自らどこか入れるところがあれば、施設でも病院でも入りたいと言ったそうだ。
叔母の夫の親戚が、口を利いてくれ、リハビリ病院の介護施設に入れることになり、先日亡くなるまでそこで暮らした。
施設は、希望者に施設内の畑を開放していた。リハビリを兼ねた娯楽的な設備の一つだった。父は、片手で種や苗を植え、畑仕事に精をだすようになった。作物を育てる楽しさと喜びで、父の畑はいつしかたくさんの野菜が季節ごとに実った。野菜が育てられるようになると、この野菜を母と私に食べてもらいたいと思うようになった。
父は、母との約束を破り、叔母に取り合ってもらい間接的だが連絡をした。野菜の旨を伝えると、母は、名乗らないと再度条件を出したが、快諾したという。
父は、自分の食べる分を少しだけ残し、収穫した野菜のほとんどを母と私に送っていたという。私からの葉書が届くと、嬉しそうに先生や介護士の人に見せた。テレビが見れる部屋で、子供向けアニメなどをいい歳をしたおじさんが食い入るように見ているので、理由を知らない人は可笑しがっていたそうだ。私に葉書を書くことを父は一番楽しみにしていたのだ。
七年弱、父は畑で野菜を作り続けた。
夏の収穫で丸七年が経つところだったが、収穫目前で風邪をこじらせ長引いた。長く寝たままの状態が続くと筋肉が落ちる。一度足の筋肉が落ちると回復させるのは容易ではない。再び一からのリハビリを開始したが成果はなかなかあがらなかった。畑の野菜は病院の給食に使ってもらい、畑は譲ってほしいという人にそのままで譲った。
思うようにリハビリの成果が得られず、数ヶ月が経った。夏の野菜を送れなかったことをとても残念がっていた。夏に一度、私から葉書が届いたそうだ。
「なすびときゅうりととまとがすきです。」
でも、父は野菜を送れないのはもちろん、なぜだか返事の葉書も書けずに時は流れた。叔母が母に、父が野菜を作れなくなったと知らせたが、母も父へ連絡をすることはなかった。
たくさんの距離を歩くことが難しくなり、時折、車椅子で畑の近くを通ると、「冬子と聖彦は元気かな・・・。」と呟いていたそうだ。
母は、父と連れ添い人生を共に生きたかった。
子供を引き合いにされたとはいえ、決別を選んだのは自分の責任であり、父親がいない子になってしまったのは自分達二人の責任だと考えていたのだろうか。父には私の写真すら送らなかったようだ。
不慮の事故で障害を負い、妻と子供と別れ、自分の生活も一人ではままならず介護されながら過ごした人生とはどんなものだったのだろうか。
何も非がないのに、愛する女性と子供に会うことができなかった父の人生とは・・・。
連れ添う覚悟を打ち砕かれ、愛する男性に、自分と子供には会うなと突きつけ、父親は死んだと我が子に嘘を突き通した母の人生とは・・・。
私には父親がいなかった。
顔も、声も、その手の温もりも私は知らない。
しかし、私に野菜を作ってくれ、嫌いな野菜を食べられるように、母にしてもわからない野球の話やアニメの話を聞いて相手をしてくれたのは、紛れもなく、父だったのだ。
父が、つい最近まで生きていたと知り、もっと早く知っていれば・・・と、思わないと言えば嘘になるが、死んだと聞かされていた父が、私が生きてきた時と同じ瞬間を共に生きていたのだということがわかっただけで、こんなにも心に感動が満ち溢れるものなのかと私は身をもって感じていた。声が出るわけでもなく、勝手に涙が流れ、床にポタポタと落ちる。心は取り乱すどころか、むしろ澄んでいた。柔らかい絹の糸のような涙がとめどなく溢れ続けた。
母の机の引き出しをもう一度開ける。
リハビリ病院の名前と、氷長 純 と書かれた紙を取り出した。
叔母の手紙に、父の名は「氷長 純(ひなが きよし)」と書かれていた。「きよし」だとは思わなかった。
私の息子が生まれた時、名前が女の子みたいな響きだと皆があまり賛成してくれない中、母だけが良い名前だと喜んでいたのを思い出した。
私は息子の名前を「聖夜」<きよ>と名付けた。
母があんなに喜んだ理由が今わかった。偶然だが、運命めいたものを感じずにはいられなかった。
母が「冬子(ふゆこ)」私が「聖彦(たかひこ)」結婚した妻も偶然「由季(ゆき)」で、冬にちなんだ名前だった。
そして父も・・・・。
母の字で書かれた父の名前を、私は大事に財布にしまった。
引き出しには、ノートやファイルがあり、その下におそらく一番最後の日付の消印が押された「やさいのおじさん」からの葉書があった。
「たかひこくんへ。
もうすぐ、なつのやさいができます。おじさんのはたけには、たかひこくんとたかひこくんのおかあさんにたべてほしいやさいたちが、たくさんみのりそうだよ。まいにちおおきくなるように、おじさんがかみさまにおねがいしています。はやくふたりにあえますようにと・・・。またね。」
その年、夏野菜が送られてくることはなかった。
父の容態を聞いて、母はどう思っただろうか。
私に読んでくれたかどうかはわからないが、母はこの葉書だけ、傍らに置いていたのだ。何度も読んだのだろう、硬い紙はしなってくたくたになっていた。
二人とも死んだのに、耳に二人の声がこだまする。
「あなたを今も愛しています。」と。
a reason
雨の中、傘も差さずに信号待ちをしている女性がいた。
傘を持っているというのに。
「どうしてだろう。」と疑問に思った。ゴミを出しに信号の前まで来ると、雨がきつくなってきた。女性のことが不思議に思えたが、急いでいたし、それよりも走ってすぐに家へ戻った。
私も傘を差さずに。
家のすぐ近くのゴミ捨て場にゴミを出しに来ただけで、傘は持っていなかったから。
雨は、夕方まで降り続いた。梅雨入りしたのに良い天気が続いて誤報かと疑いたいほどだったが、今日はやっと梅雨らしい天気となった。
晩御飯の支度をしていると、娘が学校から帰ってきた。
「ただいま。ママ、きょうね、アイちゃんち、おすし食べにお出かけするんだって!いーなー!」
羨ましいところ申し訳ないが、うちはもうポテトサラダと豚の生姜焼きで献立は順調に進んでいる。
「へぇ。だれかのお誕生日とか、何かお祝いなんじゃないの?」
「うーーん。しらないけど、おすし食べに行くから、より道しないで早く帰ってきなさいってママに言われたって言ってたよ。だから、きょうは、早く帰ったの。」
娘も一緒に早く帰ってきたのに、残念ながら我が家はお寿司ではない。
でも、そこまで気に留めている様子でもなかった。愛依ちゃんは早く帰らなくてはいけないけど、弥生はまだ遊びに行っていても構わないのに。そのへんが子供らしかった。
「やよいちゃん、お外まだ明るいし雨やんでるし、ごはんまで遊んでていいのよ。一応、傘は持っていきなさいね。」
ニコっと私に笑うと、駿くんちに行ってくる。と水玉模様の赤い傘を持って駆け足に飛んで行った。
来月のパパの誕生日はお寿司をとろうかと考えた。
後は、生姜ダレにつけた豚肉をフライパンで焼くだけ。
もうすぐ6時になる。窓を覗くと再び雨が降っていた。子供に傘を持たせておいて良かったと思った。
6時を少し回って、弥生が帰ってきたが、髪の毛から運動靴までびしょ濡れだった・・。水玉の赤い傘は閉じられてきちんとボタンがとまったままだ。
「・・・傘持ってるのに、どうして差さなかったの!?」
なぜなのか全く見当もつかない姿に驚いて、私は弥生に訊ねた。
「ふふ。これでもうきょうはおふろ入らなくていーい?
雨でシャワーしたの。お顔もごしごししたよ!」
そう言いながら、両手で顔をこすっている。
素朴に笑う娘の純粋な気持ちを叱る気にはなれなかった。
彼女の目的が目的なだけに、お風呂に入って温まらなければ風邪を引いてしまうということをどう説明したら良いものか考えあぐねた。
「あ〜きもちよかった!かさ、いらなかったね!」
そう言ってタオルで頭を拭いた。
私が知らないだけで、「傘を差さない理由」がそれぞれにあるのかもしれないと思った。
今朝の信号待ちで見かけた女性のその理由は、もっととんでもない理由なのかもしれない。
玄関で娘と見つめ合って笑った。
今日まで降るのをもったいぶっていたかのように、雨はまだやみそうにない。
今年の梅雨はスロースターターだ。
デジャヴなヒール
「あの召使いの娘にも履かせてみよう。」
王子様が言った。
使いの者が私の前にやってきて、片方だけのガラスの靴を足元に置いた。
<そうです!私が昨晩あなたと踊った娘です!>
王子様、見ててね、さぁ、このガラスの靴がピッタリと私の足に・・・
・・・・・足に、、、、あし、、、、え、えぃ!・・・おりゃ、おりゃ・・・・・・・・・・入らない・・・・!?・・・・なんで〜〜??
無理やりぎゅうぎゅうやってみるも、私の足が靴に入らない・・・
現在、夕方の4時。
家中にこき使われて一日中立ちっぱなしの私の足はむくんでいた。
何とか入れようと必死だが、もう諦めなよ、的な空気が流れる。
「・・・・この娘も違うようです。」
ちょ、ちょっと待ってよ!
「いえ、あの、足がむくんでて、あれ〜おかしいなぁ・・?えへへ・・
あの、朝とか来てもらったら絶対入ると思うんです!今ちょっとむくんでて・・・」
もういいって。という顔で音楽室の壁の肖像画みたいな髪型の使いの人が足元の靴を持って行ってしまった。
一応、可能性として召使いの女にも声をかけた王子様だったが、そんなわけないか・・とでも言いたげな顔をしていた。
そんなわけありありなんですけど?なぜ、昨晩踊った女性の顔を覚えていない・・・??と心で叫んだ。
なぜかそこでは声が出なかった。
継母と義姉達がほくそえむ。だいどんでん返しのはずが、だいどんでんだ・・・。
あー、うちに回って来たのが夕方じゃなくて午前中だったらよかったのに!っていうか、私がガラスの靴の落とし主なのよーーー!
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デジダル時計は8:50を示している。
一瞬ハッとしたが、大丈夫、今日は休みだ。
なんか、シンデレラになってる夢だったとうっすら思い起こしながら、今日が休みで嬉しい気持ちがごちゃ混ぜで、いかにも寝起きな思考だ。
休みにしちゃ、起きるのが早いと思いながらも、休みでテンションがやや上がってしまい脳が活性し始めて、寝ようにも寝れそうにないので起きることにした。
せっかく早起きしたから買い物に出かけることにした。
最近特に買い物らしい買い物をしていないし、街へ出たい気分が高まった。デパートの人混みもたまには悪くない。
午前中から回れば、しっかり見て回れると思うと、逸る気持ちで興奮した。何を買うかも決まっていないが、女の子はそっちのほうがいいものに出逢えたりする。
ランチを食べる頃には、結構な数のショップを回ったが、今のところレースの付いた乙女チックなブラウスを買っただけ。
朝からやる気満々だっただけに、これだけでは帰れない。と物足りなく思った。無駄に買う必要もないのに。
午後のコースは、ひたすらショップを順番に回るだけだが、これが案外労働だ。気になるものが見つかると、値段とどこのフロアのどのショップだったかをインプットしながら回る。これならさっきの店のほうがいい、これならこっちのほうが勝ち、と査定しながら・・
吟味に吟味を重ねるか、よっぽど一目惚れした場合にのみレジへの道が開かれる。
なんだかんだ、結構買った。帰って開けるのが次の楽しみになる・・・
休日でお洒落をしたので、華奢なサンダルは見た目はかわいいが足が痛い・・・。今日は結構歩いた。
腕時計をみると午後4時だった。
そろそろ帰るつもりで出口から歩き出す。その途中、何気なく覗いた通りの店で、素敵なパンプスを見つけてしまった。
欲しくて欲しくてたまらなくなった。これが運命の出逢いってやつだ。
物でも何でも「出逢い」だと私は信じている。
そんなに高くないし・・・この色持ってないし・・・今季は靴はまだ一足も買ってないし・・・もうすぐボーナス出るし・・・・買って後悔するよりも、買わないで後悔するほうがヤダ!!!
・・・運命とはいえ、一応慎重になるのが大人の女性である。
これだけ考えても欲しいということは、買えと言うこと。
納得しながらサイズを確認する。S〜Lの展開だった。私の足はMかLの微妙なところだ。Mを履いてみたらピッタリだが、ちょっと履くのに手助けがいる。Lは、すんなり立ったまま入る。何度も履き比べながら歩いてもみる。この感じだと、パンストやタイツなどを履いた時にMでは少し窮屈かもしれない。と思いLにすることにした。
翌朝、昨日買ったばかりの乙女ブラウスを着て、甘くなりすぎないよう紺のタイトスカートを合わせる。ついでにパンストもニューフェイス。わくわくしながら運命のパンプスも下ろす。
駅に向かうまでで、なんだかしっくり靴が合っていないのが気になった。パンストを履いているけど指に力を入れていないとスポッとかかとが抜けそうになる。
履けなくもないし、と自分に誤魔化しながら歩く。
改札までの階段で、登りきる寸前に脱げかけて落っこちそうになった・・・シンデレラじゃあるまいし、こんなところですっぽ抜けたら恥ずかしい。
勤め先の下着屋に着くまでに、やっぱりMにすればよかったと後悔した。後々よく考えたら、昨日、半日歩き回って私の足はむくんでいたに違いない。
運命の出逢いが、午前中ならよかったのに・・と心で嘆いた。
休憩時間に椅子に座って足の爪先をピコピコと動かし、ストレッチをした。
次なる運命の出逢いのために、せいぜい今のうちから備えておかねば・・・。
女の子って楽しいけど、面倒くさい。
お告げでもあればいいのに・・なんて、都合のいいことを考える。
<<カップに珈琲を注ぐまで・・・(手ほどき編)>>
珈琲クレイジーへようこそ。
思いつきの短編小説が10話になりましたことを記念(?)して、
今回は裏話を少々・・・
大体10話を目安に解説もどきをお送りしたいと思います。では・・
■初鯉■
ここに出てくる池と鯉は実際に、裏の家で義父が飼っている鯉がモデルです。飼われている状態は書かれている通りです。
身近に鯉に詳しい人物がいると、鯉について色々教えてくれるので、こちらもなんだか興味が出てかわいく思えてきます。
色んな種類があり、ネーミングが美しい。
鯉を題材にストーリーが書けないかと思案したのが「初鯉」
■オレニ幸アレ■
これは、衝動的に告白する展開の話を書きたくて構想したと思います。
潤の嘘がつけない、喋りすぎの部分は、私の主人がモデルです・・
私の実体験です(笑)まぁ私は砂千ほど気にしませんので、流してますが、普通の女性ならキレるところだろうな。と思って書いています。でも、裏表がない、子供みたいで憎めない、そういう人柄が伝わっていたらいいと思ってます。・・伝わっていますでしょうか?
DVDを選んでいるシーンは、我が家で繰り広げられる会話とカブッてますね・・・「何で大事なとこ言うの!?最悪!」・・みたいな(笑)
若い頃の恋愛への懐かしさ?ピュアさが多少チラつく感じで表現したかった(はずです・・・)
■スクランブルエッグ交差点■
これも・・・どうするかわからず書きながら考えていった話です。
確か、「スクランブル交差点」という言葉を使いたかっただけです。
スクランブルエッグとかけたかった・・・とかそんな感じです。
鶏に名前を付けるシーン、そこから思いついて展開していってます。
今のところ、一番好きなストーリーです。
ノリはタイプの男性かもしれません・・・☆
■追い風■
これは、実は去年の秋に「フェリシモ文学賞」に応募した作品です。
もちろん、落選ですけど。
テーマと、字数が決まっている中で書いたものです。初めて書いた小説ですね。(初めてのくせによく出したな!)でも、書くきっかけを与えてくれた、書きたい衝動が抑えられず書いたある意味思いのある作品です。テーマは「気配」でした。難しかったです・・・
多少、手直ししてブログには載せていますが。
テーマが決まっていたので、ちょっとタッチが違うと思います。
ココが何処なのか最後までわからない、でも、説得力がある、というのを目指して書きましたが、後々読むと、、、甘いというかぼやけてるというか・・。自分の中で納得いくようないかないような・・・そんな感じです。
■ピーチのススメ■
1歳半の息子がゼリーにはまっていて、ゼリーをやりながら「ゼリー」を題材に何か書けないか、と思い構想しました。
イメージは、ちょっとポップでくだらない・・・そんなストーリーを目指しました。別に真面目な偉い人がゼリー食べてたってかまやしないのにね。日常に笑いは潜んでいる・・・がテーマです。(ほんとか!?笑)
■羽ばたきの果て■
この日の朝、店先をほうきで掃いている時、本当にカラスの羽が落ちていました。見つけた時、ほんとに久しぶりにカラスの羽を見たし、昔はもっと見てた・・と思いました。・・・そのままですね。
大人になって、見えなくなってしまった気がして、大人になる切なさのようなものを表現したくて書きました。
自分に子供ができて、忘れていたことに気づかされることが多々あります・・・。
■ストライプ■
ジャンル的には、「羽ばたきの果て」に似てるかもしれませんね。
何もない、取り得もない、超普通。な人のただの日常を描きたく書きました。捉え方一つで、気持ちは前へ行く。そんなメッセージが伝わるといいですが。自分へのメッセージかもしれません。
シンプルという言葉を使って、シンプルなストーリーを目指しました。
でも、これも「シンプル」という言葉をどうにか使いたくて思案したような気も・・・・
■リバーサイドストーリー■
保育園までの道に疎水があって、疎水べりの雰囲気が好きで、リバーハイツ○○を使って何かストーリーを作ろうと自転車に乗りながら構想しました。これも、書きながら、先を考えて即興ストーリーです・・
イメージは、痛快。テンポのよい、歯切れの良い感じにしたく展開しています。
■冷や奴■
これも、「冷や奴」というタイトルにしたかっただけです。(笑)
冷奴を使ってどう展開しようか考えながら書きました。
設定、登場人物、、、、適当です・・・。
時は流れてるのだよ・・というメッセージです・・かね。
■「関口さん、おねがいします。」■
ほとんど、考えながら小説を書いていますが、これはもうその最たるもので、思いつき以外の何者でもないです。
書きながら、結末一体どうすんねん?みたいな・・・
店をやっておりますと、さまざまな出会いがあります。色んなお客様に出会ってきました。
ダイエットに悩む女性は、あり得ないだろう・・・という人、本当にいるもんです。その辺ちょっとヒントを頂いていますね。
ダイエットする以前の問題だろ!?みたいなね(笑)
関口クンが、少し成長してくれて私としても良かったと思います。
長らくお付き合いありがとうございました。
以上で、<<カップに珈琲を注ぐまで・・・(手ほどき編)>>を終わります。
ダメ出し、感想等々、コメント頂けると喜びます・・・
では、次回作をお楽しみに☆
「関口さん、お願いします・・」
駅の構内に貼ってあった怪しげな求人広告になんとなく惹かれ、勢いで電話してみたら、「今日来れるなら今からおいで。」と、優しそうな口調で言われたので、迷いながらも行くことにした。
『電話相談 あなたのお悩みお聞きします。』
電話相談アドバイザー募集 / 20〜50歳位まで / 自給、時間、詳細は面接にて。誰にでもできる簡単なお仕事です。
ここから2駅だし、本当に話を聞くだけでいいならできそうだし。
・・・・・怪しさ満点だけど。
なぜだか妙に興味が出てしまい行動に移している自分が意外だった。
2時過ぎに、陰気そうな雑居ビルに着いた。
入らず、電話をしてみる。さっきのおばちゃんとは違う、低い声のおばちゃんが出た。ビルの前にいると言うと、下まで迎えに来た。
迎えに来られたらもう逃げられない・・・
思ったより、中は案外きれいだった。書類などは棚にきちんと整列されていて、床なども掃除が行き届いているように見えた。
ソファに座らされ、冷たい麦茶を恐る恐る飲む・・・
・・・10秒経ったが何ともない。大丈夫だ、薬は入っていない。
しばらく待たされた。その間、電話がしきりに鳴っている。
それを3人でとめどなく受け答えている。電話の回線数にスタッフの人数が追いついていない。甲高い音が響きわたる。
「ちょっと、あんた、悪いけど電話に出てくれる?」
「・・・・え!!??僕ですか????」
「そうだよ、あんたしかいないわよ。早くっ!そこのっ!」
まだ仕事内容どころか、名前も名乗っていないのに、いきなりの指令だった。なぜかすごく怒られている感じなので仕方なく、とりあえず、出た。
「・・・は、はい。・・え、え〜と、お悩み相談室、アットホーム?・・です。」
事務机の上の電話の横の社内資料と書かれたファイルに、そう書いてあった。「アットホーム」っていう会社なのか。
「あのぅ、ちょっと困ってるんですけどー・・」
「は、はい。どうしたんですか?」
「あのぅ・・ダイエットしてるのに、全然痩せないんです。」
「・・・・どんなダイエットしてるんですか?」
「コーヒーが、ダイエットにいいって聞いたから、コーヒーをたくさん飲むようにしてるんです。あ、あと食事も前より少し減らしてます。」
「ブラックでコーヒーを飲んで、食事も減らされてる・・・運動もされてるんですか?」
「いえ。っていうか、コーヒーはブラックだと飲めないんで、お砂糖とミルクをいっぱい入れてるんです。運動は、特にしてないです。やっぱり運動した方がいいんですか?」
「・・・・・・・・・・・・砂糖は入れないほうがいいと思います・・。」
「え?でも、せっかくコーヒー飲んでるのに?」
「・・・はい。あの、砂糖やミルクがよくないと思うんです・・・」
「そうなんですかー!?」
そうだろうよ・・。
「代わりにお茶を飲まれたほうがいいですよ。」
「あ、わかりましたー。」
「それから、運動もなるべくされたほうがいいですよ。」
「はい。ありがとうございました〜!」
「あ、ありがとうございます。頑張って下さい。失礼します・・。」
・・・・・なんじゃそりゃ!?
世の中色んなやつがいるんだな。と驚いた。
でも、こんなことなら結構簡単だし、楽かもしれない。
「どう?簡単でしょ?」
さっき、意味無く怒り口調で指示されたおばちゃんが僕に聞いた。
3時になって、どうやらバイトの人が2人来て、相談役が間に合っているみたいだ。やっと面接が始まった。
「さっきやってもらったようにしてくれたらいいから。しょうもない内容がほとんどなのよ。<はい。はい。>って聞いてあげたら納得するの。顔が見えないから、いきなり本題に入ることが多いけど、たいした悩みじゃないようなことが多いわね。でも、本人さんは真剣だから、否定はしないように、聞いてあげてね。」
「はい・・。」
ん?もう働くの前提で話してるけど、名前とか聞かないのかよ・・
「あ、これに必要事項書いといてね。自給は、¥1100。シフト組むから入れる日これに書いといて。」
住所録のようなノートとシフト表を渡された。名前が書けて、ほっとした。
僕の「働く」かどうかの最終ジャッジはどうやら無視のようだが、乗りかかった舟だ、(僕の選択だし)やれるだけやってみよう。
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「こんにちは。電話相談室、アットホームです。」
「・・・・どうして私は生きているんでしょうか・・」
「ど、どうしてでしょうねー・・?私にもそれはわからないです。」
「・・私、生まれたくなかった・・」
「あー、それは選べないですもんねー・・。でも、みんな、どうして生きてるかなんて知らないですよ?それを探すために生きてる・・という感じですかね。」
「・・・・・・」
「あの、何か辛いことでもあったんですか?」
「・・・・・死にたい。」
へーへーへー、ヘビー・・・。たまにこういう種類の電話がある。
死ねないから電話してくるのだ。
「じゃぁ、3日、3日だけ我慢して、3日間のうち、1日も雨が降らなかったら死ぬのは諦めましょう。1日でも雨が降ったら、またこちらに電話して下さい。死ぬ為の最善の方法をお教えします。」
冷静に考えたら、随分一方的な提案だが、案外素直に聞いてくれる。
条件を付けると、結構諦めがつくらしい。雨が降らなくて、本当はみんなほっとしているんじゃないだろうか。もし、雨が降っても、電話さえしなければ、死なないで済む。
本当に電話があったら・・・<あなたはとても勇気のある方です。僕はあなたが羨ましいです。どうしたらあなたのようになれるんですか。>と、問う。すると、驚かれてそれ以上は「死にたい」という言葉を発しなくなる。
アットホームで働くようになって、1年以上が経った。
おばちゃんの中で働くのも慣れた。僕は、自分で思っていた以上に人と話すことが好きだと知った。自分のことを発見するのはなんだか嬉しい。
「関口クン、ご指名だよ。」
面接をしてくれた浅本さんに呼ばれた。
僕と話したいというリピーター?が増えている。
カリスマアドバイザーと茶化された。
毎度、毎度同じ話の主婦。
いじめが辛いという中学生の男の子。
リストラされるのではないかと思い込んでいる男性。
子供を虐待してしまっているのではないかと戸惑う若い母親。
趣味がなくて困っている定年退職したおじさん。
生徒に馬鹿にされると悩む新卒の教師。
友達が信用できないという女子高生。
職が定まらないという30代の青年。
エトセトラ・・・
別に、ただ聞くだけだ。
思ったことを言うだけ。それだけのことでみんな安心する。
僕も悪い気はしない。
フリーターのバイトにしては、よく続いているほうだ。
僕の将来だって見えないのに、他人の人生にとやかく口出ししている場合じゃないが、自給¥1100、日給にしたら¥5000〜6000。
みんなよりは社会を知らない割に、このお札の重さは誰より重たいように感じられる。
答えは案外単純だけど、人の心は複雑だ。
無知な若造の目には、飛び交う無数の複雑回線が赤外線レーダーのように見え、解除する方法を探す。
さながら僕はヒーローか。いや、ただの単細胞だな。
・・・・どっちでもいいか。
冷や奴
実家で昼飯を食べた。何年振りだろう。
実家に帰省したのは2年振りだが、昼飯をおやじとお袋と食うなんて、高校生の時以来だ。
以前とほとんど何も変わらない食卓。醤油さしの容器が変わったくらいで、落ち着くというよりも不思議な感じがして慣れるのに2,3分かかった。
「いきなり来るけん、何も用意しちょらんよ。なんもないが。」
なにも無いなりに、自分で食べる食事よりはずっと豪華だ。
ごはん、味噌汁、ホウレン草のおひたし、厚めのハムのスライス、根野菜の煮物、冷奴・・・・異常に美味そうに見えた。
親父が冷奴にネギやら生姜やら、薬味を取り、醤油をかけ、食べ始めた。
昔は俺の分や、姉貴の分も自分が全部仕切って薬味や醤油を勝手にかけた。親父の味しか知らなかったし、当たり前だった。
上京してしばらくは、「親父の味」を何の疑いもなく食べていたが、選べる自由があることにいつだか気が付き、食堂などではそこのおばちゃんの味だったりするし、「自分の味」を見つけ出したく、色々な薬味を試した。
俺のお気に入りはワサビになった。カツオ節もネギもかけない、ワサビオンリー。
俺は冷蔵庫からワサビを取り出し、器の隅に引っかけた。
お袋が、仕事のことや、彼女のことを聞いてくる。
テレビを見ながら二つ返事くらいで返す。
「ごちそうさん。」
最後にお茶を飲み干す。親父が俺の前に置かれていた薬味の小鉢を取った。あと一口しか豆腐が残っていないのに、残りの薬味を全部入れた。
ネギも、生姜も、ちょうど一人分の量だった。
親父も最後に渋い顔をしてお茶を一気に飲んだ。
俺の分の生姜が効き過ぎたんだろう。
リバーサイドストーリー
坂ノ下町3丁目10−4・・・・今年もらった年賀状を見ながら耕平の住むアパートを探す。男のくせに律儀に年賀状を出す耕平も変わり者だが、捨てずに奇跡的に部屋に散らからせていた俺も俺だ。
でも、おかげで住所がわかったから出向いてみる気になった。
あった。「リバーハイツ 鳩山」
あいつこんなところに住んでいたのか。疎水の川べりの、道より半地下になった赤茶色の5階建てアパート。ドアの造りが変わっていて、ちょっと正方形に近いような形で横幅が広い。覗き穴の回りを、大きな白い円でフレームのように囲ってある。まるで巣箱のようだ。クルックー。
かれこれ1週間、耕平と連絡がつかないでいる。
音信不通状態。他の連中も同じだ。
授業に出ないのはまぁいいが、ケータイも通じないのは少し気になる。
おおかた、金がなくて携帯代が払えないとかだとは思うが・・・
203号室。ドアのレバーを下へ押してみる。当然だが鍵はかかっていた。
何かと物騒な時代、先日も区内で刺傷事件があったばかりだし、なんかあったんじゃないかと心配するのが普通だ。
そういえば、今朝のニュースでも強盗に入った民家で、住民に見つかったのを理由に鈍器で衝動的に撲殺したという事件を報道していた。
・・・・・殺すまでするか、普通・・・!?
仕方なく帰ろうとしたその時、
<ガッチャーーーーン!>
皿の割れるような音がした。驚いてドアから手を離した。
「なんの音だよ・・?」心臓がドキドキしている。
耕平の部屋の中から聞こえたような気がしてならない。
まさか、耕平の身に何かあったのではないかと想像をめぐらす。
まさか、耕平の部屋にも強盗が・・・?部屋に忍び込んだはいいが、耕平が帰ってきてしまった。慌てて隠れようとするも1ルームでは隠れようがなく、あっさり見つかる。見つめ合い、おたがいに状況を把握。(耕平の性格的に)逃げればいいものを、果敢にも部屋へ入り、侵入者に立ち向かう、というより、カッとなって殴りかかろうとしたに違いない。侵入者も捕まるわけにはいかないが、完全に怒りキレている耕平相手になめてもいられない。取っ組み合いで部屋中がちゃがちゃになった。たくましく鍛えあげられた肉体の侵入者の方がやや優勢か・・・耕平も華奢なようで、剣道一筋にやってきた男だ。見た目より意外と強い。侵入者にしたら一応、ナイフもあるし、いざとなれば脅かせばいいとまだ少し余裕気味だ。むしろ耕平の方が無我夢中で、ここが自分の部屋だということを完全に忘れている。隙を見て逃げたい侵入者、曲がったことが許せない武士道な耕平、両者の取っ組み合い、睨み合いは続く。そうこうしている間に、やはり侵入者の持久力が勝った。耕平は冷静さを失い、動きに無駄がでてきたところを侵入者につかれ、負けを余儀なくされる・・・殺されてもおかしくない状況に、今更ながら気が付くも、もう遅い・・・抑えられ、手首、足首を(逃走用に持っているのか)ロープでぐるぐるにくくられてしまった。侵入者も、とどめのビビリでナイフをちらつかせる。とりあえず、財布だけでも盗って行こうと耕平のジーンズのポケットへ手を伸ばす。耕平もくくられた長い足で最後の抵抗とばかりに海老のように暴れた。場所が流し台のすぐ下だったので、置いてあった白い皿が落ちて割れた・・・・・
「あれ?岳士なにしてんの?」
突然、後ろから声をかけられた。耕平だった。
「・・耕平!だ、大丈夫か・・・?怪我、ないか!?」
「は!?」
見つめ合う男達。事態が飲み込めていないのは、むしろ俺のほうだ。
急に恥ずかしくなったので、とりあえず、連絡が付かないから近くに来たついでに寄っただけだ。と言った。
よく場所わかったな。って言われてヒヤリとしたが、適当に誤魔化した。
「まぁ、あがってけよ。」
俺は、格闘の場となった戦場へあがり、オレンジジュースを頂いた。
大家に内緒で猫を飼っているそうだ。テレビの上に置いてあった陶器の灰皿が床に落ちて割れているのを耕平が片付ける。
猫にミルクをやりながら、耕平が言った。
「見て。ニューケータイ。一番新しい機種にしたんだ。
呑みに行ったら、どっかで落したみたいでさ、出てくるかと思って1週間待ってみたけど、かけても<電源が入っていないか・・>だし いい加減不便だから諦めて新規契約してきた。ケータイないし、彼女んちにしばらくいたんだ。今朝、コイツ(猫)連れて帰って来た。ついでにメアド、新しくしたし、また登録しといてな!」
「うん、了解・・・」
脳を少しばかり使いすぎたようで、妙に疲れて甘いものが欲しかった。
オレンジジュースで脳にブドウ糖を補い、耕平が海老蹴りをしたであろうキッチンマットのしわを足で伸ばす。
今日も俺の周りは平和だったということだ。
ストライプ
「シンプルというのは、無いってことじゃない。
必要なものだけがある。っていうことなんだよ。」
どうしてこうも毎日うまくいかないんだろう。
目覚ましは肝心な日に限って、タイマーがオフになっていたし、自転車に乗ればペダルにひっかけてパンストは破れるし、駅のホームで女子高生に平気で列の横入りされて、どさくさ紛れにおじさんにも先を越されたら、その後はトントン拍子に流れて・・・・発車寸前にギュウギュウの人の中へ・・・・鬱陶しい目で避けるように詰めてもらった。
悪いことは続いたりするものだが、そうじゃなくても良い事だって特別ない。
要領が悪いのか。生き方が下手なのか。
案外、みんなそうなのか?
少なくとも私には隣の芝は青々と繁って見える。
毎日の通勤は、そりゃもうひどく退屈で、よっぽど会社の近くにひっこそうかとか思う。
最近の若者みたいに、i pod でも持ってたらいいのかもしれないけど、何を聴いたらいいのかがわからない。
私も一応若者だけど・・・時代についていくのはおっくうだ。
本当は小説が読みたいところだけど、朝は本を開く隙間なんてないし、夜は本を開く元気がない。
親と住んで、家を出たことはないし、ボーナスも全部貯金している。
たまに服やバッグも買うけど、衝動買いはしない。
食事は家で食べるし、お弁当は自分で作る。
遊べるような友達は、大体みんな結婚した。
滾々と、リアルな毎日。コンコンと・・・
「真面目なんですね。」
たまに男性と会うことでもあれば、決まってこうだ。
「・・・そんなことないです。」
終了。
私はつまらない女、というか、つまらない人間なのかな。
だって、なにがしたいのかわからないし、とりあえずは毎日やることやってるし、犯罪はしてないんだし・・・・だっての言い訳は一体誰にしているの・・・
だって・・・・・・
芝を覗いて見るために、塀をよじ登るのを頑張ったってしょうがない。
こっちにも庭はあるんだから。
いつもの目覚ましと、携帯のアラームもセットする。少し低めのパンプスで自転車に乗る。今日から一本早い電車に乗った。
座れる通気の良さに驚きながら、新しいブックカバーを付けた文庫本をカバンから取り出す。
「シンプルというのは、無いってことじゃない。
必要なものだけがある。っていうことなんだよ。」
このおじいさんいいこと言うな。
主人公が立ち寄った喫茶店のマスターの言葉に感銘したところで駅に着く。
お昼の休憩は、快適な室内を抜け出して道路を渡るだけの近くの公園でお弁当を食べる。公園のベンチから会社のビルがよく見える。
結構大きな建物だったんだなぁ。って今更気が付く。
帰りの車内で、朝の続きを読む。
読み出したらどんな時でも読みたくなるものだ。
私の毎日は、同じ映像をリプレイし続けているように見えるだろう。
それでも、小さな変化で私の心は大きく躍った。
楽しいことが何も無いんじゃない。
半歩前へ踏み出すだけで、信号の色も木々の緑も色濃く鮮やかに見えてくる。
つまらない私だけど、シンプルに生きていたい。
羽ばたきの果て
開店前に、店先の掃き掃除をしていると、カラスの羽を見つけた。
少し小さいように思えた。
拾わず、ちりとりの中へそのまま掃き入れた。
カラスの羽を見つけたのは何年振りだろう。
小学生くらいの時は、学校の行き帰りでよく羽を拾っては手に持ちながら遊んでいたような気がするのに。
カラスは今も昔と変わらず飛んでいるのだから、カラスがいなくなったんじゃない。カラスのせいじゃない。
ほうきで掃いたりしなければ足元に気持ちが行くことなんてない。
目で見えているんじゃなくて、心が見ていないんだ。
背が伸びて地面が遠くなったから。勉強が難しくなったから。
自転車に乗れるようになったから。早く大人になりたかったから。
「砂利道がアスファルトに変わったから。」なんて、大人の言いそうなこと。
砂利道でも、気が付いていないと思うよ。
砂利が、履いている靴を傷つけないか・・・少しでも歩きやすいところへ足を運ぶのに必死で。
今より、これから先に起こることの方が大事で。
自分が人より幸せであるためにはどうしたらいいか・・・って。
日が暮れるまで四葉のクローバーを探したけど、私だけ一本も見つけられず、布団の中で悔しくて泣いたことがあったっけ。
ソンナコトくらいで。
とっても大きなデキゴトが、たったソンナコトに変わることが、大人になるってことなのかな。
’ソンナコト’いっぱいあったはずなのにもう思い出せない。
そんなことも思い出せない大人に憧れていたんだ・・・・・
店の前をランドセルを背負った男の子が通った。
木の枝を手に持って。なにぶん、気分は「マエストロ!」とでも言いたげに。
拾わずちりとりに入れたカラスの羽を、思わず探した。
だからって拾わないけど、見過ごしもしないよう、しっかり見る。
「今の私」の足元を・・・・
ピーチのススメ
淡白で軽薄な人間同士のやりとりのようで、案外、コンビニにも常連さんは結構いる。
客が、<あ、新しい店員かな。>とか、<今日もこいつか。>とか思ってるのと同じで、こちらも<来た、来た。>と馴染み(顔だけ)の客に思っていたりする。
OLで、晩御飯はコンビニ弁当とか、お菓子ばっかり買いにくる部屋着カップルとか。
日本人の食生活が危ういな。と目の当たりにしながらも、僕もお菓子が好きだし、カップラーメンはほぼ全クリしている。
僕のお気に入りは、大体平日の夜の10時頃にやってくるおじさんだ。
決まってゼリーを買う。
新商品が入ればそれらは必ずチェックしているが、白桃入りのがカタイ線だ。
「ピーチフルール」
ぴーちふるーる などとは程遠い風貌で、「白桃が入った西洋風の透き通った冷たいお菓子ですが、召し上がりになりますか。」て、確認したいくらいお固そうな感じなのだ。そのギャップがたまらない。
社会派雑誌とピーチフルールをレジに通す。
<これ読みながらゼリー食べるんかな?やっぱ今日もフルールだ・・>
レシートもきっちり持って帰る。
僕もそろそろ深夜のやつと交代だ。
週末の金曜日。今日は客が多い。暑いせいか、アイスやジュースや冷たいものがよく売れる。
9時30分頃にデザートの棚の整理をした。ピーチフルールが売り切れている。ピーチフルールだけではない。他のゼリーも売れて、かなりヘボいのしか残っていなかった。
10時を少しまわって、ゼリーのおじさんが来た。
見ないわけにはいかない。デザートコーナーで、唖然と立ち止まっているように見えた。しばらく見てから他の商品を見たりしながらくるくる店内を回る。何度かデザートの棚へ戻る。
まるで期待しているかのように。
まさか、フルールがそんな短時間に棚に並ぶまい・・・
仕方なく、アロエヨーグルトにしたようだ。
僕はレジには入れなかった。
夏休みだが、大学の補習授業に狩り出された。
2週間ほど、夏休み特別講師を招いての授業らしい。
目的もなくなんとなく経済を専攻したけど、将来どーなるんだろう・・
授業前で、学生のお喋りで講堂は騒がしかった。
前の入り口から講師らしき男の人が入ってきた。
エ!?
心臓が高鳴った。脈が速くなる・・・
トキトキトキトキトキトキ・・・・
・・・・・間違いない。ピーチフルールだ。
いや、正確には「ピーチフルールを毎晩のように買っているおじさん」だが、そんなことはどうでもいい。鼓動の高鳴りは僕だけだ。
「おもんねーな。」
「腹減ったな。」
友達が小声で僕に話しかける。
確かに、誰も聞いていない。結構お偉い先生らしいが、性格的には真面目すぎてユーモアのかけらもなくただ淡々と話すだけだ。
実に退屈な授業だと思う。・・・・・・・僕以外は。
「でも、ゼリー・・・・」
「え?ゼリー?なにが?」
「いや、なんでもない。」
あの人、あー見えて、毎日ゼリー食べてるんだぜ。週末は土日分に2個多めに買うからほんとに毎日なんだぜ。
言いたい。僕には、その先生が喋れば喋るほどピーチフルールを食べる姿が想像しがたくて、面白くてたまらなかった。
でも、言わなかった。
僕にしかわからないから。
ちょっと優越感を感じた。
昼飯は、校内の売店で買った。補習期間だけ開けているようだ。
デザートのコーナーで思わず「ピーチフルール」を探す。
ここには売っていない。
やっぱり僕だけの特権だ。
追い風
何かに後押しされるわけでもなく、向かったわけでもなく、またここへ来ていた。いつも、途中で振り返ってはいけないような気がしてひたすらに歩く。そして・・・・止まる。
線が引かれてたり、『ココ』と書かれているわけでもない。
なのに、そこで足は爪先を揃えてぴたりと止まる。
また、半分ぼーっとしていたんだろう。今度は一度途中で振り返ってみよう・・・。そう決めた。
風のない月曜日。
<あれ?道を間違えたかな・・・>
引き返そうとした時、 ふわっ と一瞬の追い風・・・・振り向いた。
急に吹いた風に驚きながら、ぁ またそこへ連れて行かれるのか?でも振り向いてはいけない。と、どこかで感じつつも、振り向いたらどうなるのかという好奇心が勝り、振り向いた。
・・・・・・何もなかった。
ただ、来た道があるだけ。
「なぁんだ・・。」
少しがっかりして、少しほっとした。
行こうとしていた花屋は今日で二度目。やっぱり道は合っていた。
『本日定休日』
ガラスの扉を背に、ちょっと肩が落ちる。
先週買ったリンドウの花がつぼみのままなかなか開かず、心配で聞きに来たのだが・・・。玄関では陽当たりが悪いのだろうか。南向きの窓辺に置き換えてみようと思った。
帰り道、昼間には滅多に通らない大通りの商店街の本屋に入る。花の図鑑、もしくは花の育て方の記された本を探す。
・・・・・・やはり、陽が当たらないとリンドウのつぼみは開かないとわかった。
出口に向かいかけて、何気なく新刊の並ぶ棚の本をぱらぱらとめくる。
「風に吹かれて 気が付くとそこに立っていた・・・・」
「突然、吹くんだ・・・・」
<なんだ?ファンタジーか・・?>
あまり興味がなかった。
火曜日。空に雲はない。
仕事から帰り窓辺を見ると、昨日より少し花が元気になったように見えた。これなら開花も望めそうだと嬉しくなった。
リンドウの次はユリ、その次はガーベラ、トルコキキョウ、バラ、ツバキ・・・・・
南の窓辺は、いつも綺麗に花が咲いた。
気持ちの良かった秋風も、すっかり鋭い風へと変わり、花屋に並ぶ顔ぶれも少しずつ冬へと変貌を遂げていく。
「いつもありがとうございます。」
ガラスの扉を背に店を出る。冷たい風に、キュッとなった。清々しくも感じた。
ふと、足元に目線が降りると、何かを忘れていることを思い出す。
そういえば・・・最近そこへは行かなくなったなぁ。
行きたくないように思っていたはずなのに、なぜか寂しく懐かしい気持ちだった。
「気がつくと、そこに立っていた・・・・」
本屋で見た一節を思い出した。またいつか行けるような気がしている自分が可笑しかった。
つぼみの花が下になるように、水色のビバーチェにくるまれたスイセンの茎をしっかりと持って、冷たい道を足早に帰る。
いつもと変わらない街並みだけど、閉店間際で右も左もそわそわしている。
近道しようといつもの大通りから角を曲がったその時、
ふわっ
と、コートの裾が広がった。
背中を押される。
あの時に似た風が吹いた。
スクランブルエッグ交差点
卵か先か、鶏が先か。
スウェットの上下の間から、Tシャツを出したままトーストと、きゅうりとキャベツのスライスに胡麻ドレをかけた適当サラダを食べる男が朝からそんなことを言ってきた。
目玉焼きの目玉が潰れたバージョンを焼きながら、私は野菜ジュースを飲む。今日は派遣のバイトの日なのに、寝坊してしまった。
「なー、俺はニワトリが先だと思うね。だって、親だもん。メグはどー思う?」
遅刻しそうなのに、誰かさんの朝ごはんまで作ってるというのにこの男。
ベジータみたいな頭しやがって。どんな風に寝たらそんな寝癖が付くんだよ!大体、その鶏の親も最初は卵だっつの。
「親だって最初は卵だよ?だからどっちが先でどっちが後かわかんないから謎なんじゃないの?っていうか、私もう時間やばいし。ノリ、出掛けるならメールしといてね。はい、目玉焼き!」
「目玉ねーじゃん。」
「うるさい。行ってきます!」
大学5回生のくせに焦る様子もない憲之にイライラしながらも、ほっとけない私は貧乏クジを引いてしまった女なんだろうか。
電車を乗り継いで、都心まで出向く。初めて行く土地なので方向がイマイチわからない。ビルを抜けると、スクランブル交差点に出た。地図を見ると、どうやらこのまま渡ってまっすぐ行けば着きそうだ。
信号が変わると、一斉に道路の中心へ人が群がる。せわしない顔つきで、自分以外には皆無関心という感じ。
横断歩道を渡りながら、ふと、ノリが言っていた鶏の話を思い出した。
卵ができて、それを産むことができるのだから鶏が先なのかなぁ・・
卵か、鶏か、で考えるからややこしいんだよ。例えば、親がユカリって名前で、生まれた卵から出てきたヒヨコが、サユリって名前だとする。
サユリを産んだのはユカリで、ユカリが母親なんだからユカリの方が先ってことになる。
・・・・でもユカリもヒヨコだったし、その母親がいるから・・・・・ユカリはサユリより先だけど、ユカリの前にはユカリママがいるし・・・サユリも卵を産んだら・・・・うん、まぁ名前はケイコでいいや。ケイコよりサユリの方が先だから・・・・・・・ぁぁぁぁ・・・・
結局、一緒か、答えは出ない。
個体レベルで考えたら、どっちが先かは言えるけど、生態系で考えたら答えは出ません。ってこと?
でも、ノリはなんで鶏が先。って答えが出たんだろう・・・。
親だから。とか言ってたな・・よく大学受かったもんだ・・・。
覚えてたら帰ってからもう一回聞いてみるか。
昼休憩に携帯を見たら、憲之からメールが入っていた。
<ジムいく>
簡潔で、気持ちが良い。男は皆、そうらしい。
夕方帰宅すると、憲之はまだ帰っていなかった。
途中で買った惣菜をレンジで温めて、冷凍して小分けにしてある1膳分のごはんも解凍して1人で食べた。
遠出で疲れたので今日は早く休もう。
憲之にはビールといつものチーかまを買ってある。
目覚ましが鳴る前に目が覚めた。
珍しく憲之がキッチンにいる。
テーブルにはビールの空き缶とチーかまの残骸がそのままに、朝食用の食器がスタンバっている。空き缶を片付けながら、何を作っているのか聞くと、「目玉の潰れていない目玉焼き」だそうだ。
「ノリ、昨日の鶏の話だけど、なんで鶏が先だと思うの?」
「・・・・・・え?だって、俺かーちゃんから産まれてるもん。この世はみんなさー、かーちゃんが先じゃん。」
「・・・・そうだね・・・」
妙に納得してしまった。それとも呆れたのかよくわからないが、それは正解かもしれない、と思った。
昨日、交差点で無機質な顔した人達とすれ違ったけど、みんなお母さんから産まれてきてるんだ。と、なぜかそんなことを考えた。
「ほい。できた。」
目の前のフライパンからお皿に移されたのは、焦げ焦げのスクランブルエッグだった。
「卵を5個フライパンに割ったら、途中で潰したくなって、ぐちゃぐちゃにした。牛乳飲んでたら、底にひっついてなかなか取れなくてさ。でも食えると思うよ。」
せっかくかーちゃんから産まれて来た卵だから、残さず食べてあげなきゃ。
かーちゃん説を唱える博士は、こんがり美味しそうに焼けたトーストをほおばっている。卵は、メグにあげる。と。
貧乏クジもまんざらハズレではないような気もした。
オレニ幸アレ。
「これ、観たことある?」
二手に分かれ、それぞれに観たい映画のレンタルDVDを物色していると、後ろから砂千が1本の洋画を持ってきた。
数年前に映画館で観たやつだ。
「うん。あるよ。確か、母親と娘の2人暮らしで女の子が病気になって死んじゃうんだ、で、別れた元旦那とその親戚とかに、母親のせいでその子は死んだみたいに責められて、ありもしないことをでっち上げられて裁判にまで発展してしまうんだ。医者も旦那側に金もらって偽証して、母親はどんどん不利な状況になっていく。そんな中で娘を看ていた1人の男の看護士が真実を訴えようと立ち上がる。そしたらその人、殺されるんだよね。しかも母親と男女関係で母親にそそのかされて証言した、ってまた濡れ衣着せられる・・・
とことん、追い詰められるけど、有能な弁護士に出会えて、結局最後は、偽証を覆して疑惑を晴らす。
・・・・まぁ、アメリカにありがちな、裁判、敏腕弁護士、逆転勝利!っていう感じの話。
・・・・・・・、結構、おもしろかったよ?」
「・・・・・・・・・・・あんたさぁ、それ全部言っちゃってるじゃん・・。」
「え?ぁ、あらすじ言ったつもりだけど・・簡潔に言おうと思って。」
「・・・・(フゥ)いっつもそうじゃん。簡潔じゃなくて、肝心要なこと言い過ぎなんだよ!しかも結末まで言っちゃってるし!」
「・・・・・・・・・・もう、観る気なくなった。」
またやってしまった。
大体オレは何かにつけて言い過ぎらしい。普通なら言わないこととか、黙ってた方がいいこととか、何でも言ってしまう。良く言えば隠し事がない。悪く言えば、秘密にできない・・。
「じゃぁ、これは?」
砂千も砂千で、性懲りもなくこんなオレに聞いてくる。裏のあらすじ読めばいいのに。
「・・・・・・・・・・戦争の話。」
「そんなのジャケット見たらわかんじゃん!」
「・・・・・ごめん。」
結局、戦争の話と、落ちこぼれ野球選手のサクセスストーリーらしき映画を借りた。2人共観たことないやつだ。
ゆるい坂で重たくなったペダルを前傾姿勢で、後ろにかかった重心に逆らって平気そうに頑張って漕ぐ。
「潤ちゃんさー、なんでなんでも全部言っちゃうの?隠そう、とか、秘密にしよう、とか思わないの?」
「うーん、、・・・ハー、わかんないっ・・自分ではそんな全部言ってるつもり・・・・ハァ・・ない・・よ。」
「でも、言い過ぎだよ。男も女も秘めごとっていうか、ミステリアスな部分があるほうがよくない?魅力に変わるっていうかさ。」
「・・・ハー、そうだね・・・気を付ける・・フー・・・」
「頼むよ!潤くん!!」
バシッと背中を叩かれた。頼まれても、こっちはこれで結構考えて言ってるつもりなんだけどな。そういう砂千もズケズケ言いまくってるじゃないか、と言いたかったが息が切れて喋るのが辛いのでやめた。
映画を観てても、知ってる作品ならついついポロっと先を言ってしまう。食事に行けば、前の彼女と行った店なのに砂千と来てたと勘違いして話が噛み合わず機嫌を損ねる。
砂千がくれたプレゼントなのに、これは昔付き合ってた彼女がくれたやつだし身に付けたらさっちゃんに悪い・・・などと、とんでもないとんちんかんなことを言ったりする。とんちんかんでは済まされないが・・・。
いい加減に、私と過去をごちゃ混ぜにするな。付き合い長いんだから、私との思い出くらいはっきり覚えておいて。言う前に頭で考えて整理してから言って。というようなことを数限りなく言われ続けた。
さすがに、ちょっとは考えて言うようにはなったが、いかんせん会話が弾まない。言いたいのだが、また怒られそうで何も言えなかったり。
そうすると、反応が薄いだの、聞いてないだの、何か言ったら?などと言われるのである。
「さっちゃんが直せって言ったんじゃないか。」
なんて心でつぶやきながら。
砂千と出逢ったのは、小学校の時だった。クラスが多く6年間1度も同じクラスになったことはない。顔と名前くらいは知っていた。
それからオレは隣町に引越し、中学は別々。サッカーのスポーツ推薦で行けたハイクラな高校で、勉強のできた砂千は余裕で入り、再び出逢ったのだ。たまたま専門課程が同じで、男女数人の仲良しグループが出来上がり楽しい高校生活だった。
卒業して、他のやつらは県外へ進学してしまい、みんなで集まることは減ったが地元にはオレと砂千が残った。
その年の花火大会は、オレと砂千だけで行った。2人きりで会ったのはそれが初めてだった。妙にドキドキしたのを覚えている。モテなくもなかったオレは、それなりに女の子とも付き合ってきた。そういうのにうといオレは、他の高校の子とか、後輩から告白されて、断る理由も見つからないので言われるがままに付き合ってきた、という感じだった。
女の子といてこんなに緊張するのは初めてのことで、なにしにドキドキしているんだ?とか思いながら、なぜかまともに砂千の顔を見れなかったが、気づかれまいとハイテンションに振舞っていた。
今からしてみれば、相当空回っておかしいやつだったと思う。
自分が砂千のことを好きだと自覚する前に、花火大会の帰りに砂千の方から告白された。
もう何に対してビックリしているのかわからなくなってしまい、「うん、そうだね。」などといまいちピントのはずれた返事にはなったが、その日からオレ達は付き合いだした。
当時から、自分の意見ははっきり言える女性であったのは確かだ。
オレは、余計なことはいっぱいでてくるのに、かっこいいことは言えない男だ。今も昔も・・・
それからも、言いたいことをグっとこらえて、頭で一回考えて言葉にするという作業を地道に続けてはいるが、会話のテンポが気持ち悪い上に、いたって砂千も前より嬉しそうかといえばそうでもない。これってほんとにやり続ける意味あるんだろうか。自分が提案したことを砂千は忘れていそうな勢いだが。
もう少し頑張ってみるけど、思い付いたことを何も考えずには言えても、かっこいいことなんてオレには言えないよなぁ。
そういえば、今年ももうすぐ花火大会だ。2人で行くようになって、9回目か。
- - - - - - - - -
「聞こえなーい。もっかい言って!」
相変わらずのすごい賑わいに、オレの声はかき消され相当大きな声を出さないと聞こえないようだ。
「花火、もうすぐあがる時間だよ。」
ありったけの声を出して言った。とにかく人混みを抜け出し、落ち着いた場所へ行きたい。オレも砂千も不慣れな下駄で、何度もすれ違う人にぶつかった。カキ氷がこぼれないように必死な顔の砂千がかわいかった。
花火を見る場所は高校時代から変わらない。
浴衣ではちょっと上りにくい土手を手を繋いで上りきる。手元のカキ氷に集中しているので、色気もクソもない。
昔は皆でぎゅうぎゅうになって見ていた。2人でゆったり座って見るようになって、あの頃が懐かしい。
「た〜〜〜まや〜〜〜♪」
時折、2人でケラケラ笑ながら数千発の花火の嵐に酔いしれる。
お尻に響く重低音が心地良い。
「さっちゃん、あのさ、」
ドーーーーーン!
「何?」
ドーーーーーーーーーーーン!!!
「えーと、あのさ、・・・は、花火きれいだね・・・」
「そーだねー。」
ドドーーーン!
「あのさ、」
「うん、」
ドーーーーーーーーーン!
「さっちゃんさ、・・・」
「うん、だからなに?」
ドドンパドドンパ打ちあがる花火の合間に、オレはいつもより余計にタイミングを失い、何も気の利いた言葉が出てこない・・・
ずっと頑張って、話す言葉を選んで来たが、そのストレスと今日の花火の爆音とが相まって、なんだか馬鹿馬鹿しくなってきた。
「さっちゃん、あーもう、やっぱりオレ、はっきり言うことしかできない。」
ドーーーーーーーン!
「え?」
「結婚しよ。」
ドーーーーーーーーーーン!パラパラパラパラ・・・・・・
気が付いたら花火に向かって叫んでいた。
どこまで空気の読めないやつなんだと、自分が情けなかった。
また、砂千に「思い付きすぎる!」って怒られるかな・・・と、恐る恐る横を向いた。
砂千は見たこともない表情で、オレを見ていた。
次の花火が上がった後に、「ありがとう。」と聞こえないくらい小さな声が聞こえた。
初鯉
玄関先の小さい池には祖父が大切に育てている鯉がいる。
およそ、10匹近く。
初子は毎朝、鯉をしばらく眺める。
小さい池に見えるが、とても深く掘ってある。鯉は大人になると深さがなければ生きられない。淡水魚で、水面まで上がり口でパクパク息ができる。
池から排水された水は、循環されていて自作の濾過器から程よい速度で再び池へと落ちる。
「深さ」と「水流」と「愛情」がなければ鯉は生きられない。
パクパクパクパクパクパクパクパク・・・・・・・・・・・・@
毎日毎日毎日毎日。
かれこれ一番年長者で御歳35(約)。
初子が生まれてなんやらかんやらやってきた年月よりも多くを生きてきた彼ら。
一生懸命パクパク生きてる。一生懸命・・・
平均で20年、まれに70年生きるものもある強い生命力。
黒以外の色鯉、特に赤い緋鯉は目立って美しい。
紅白、大正三色、昭和三色、黄金、浅黄・・・・種類を命名するのもセンスがいるなと。。命名する場に居合わせたい、などと毎朝池を見ながら想像をめぐらす。大体、日本人の命名センスは結構良い。奥が深いというか、名前からイメージがどんどん湧き上がるような、ドラマティックだ。
これだけきらびやかで派手で美しく目立つ姿では当然自然界では捕食されてしまう。錦鯉は19世紀の新潟県で、農民が一部の鯉が他のものより明るい色をしているのに気が付いて、捕まえて育てたのが始まりだと祖父が言っていた。中国では、鯉が滝を登りきると龍になる登龍門という言い伝えがあって、その概念が日本に伝わり、江戸時代に立身出世のために武家でされた鯉幟(こいのぼり)が一般に広まっていったらしい。
鯉が龍になるなんて・・こいのぼりも壮大なストーリーだったんだ。
でも錦鯉は龍にならないほうがいいよな。とも思った。
鑑賞のために交配を繰り返し、色と柄を人が作り出してきた錦鯉。
自然界では生きられない美しい魚。
美を追求すると安易には生きられないということか?
人間は生きるために美を追求しているというのに。
自然のままの美しさ
元来、日本人は’あるがまま’が美しく、形を造るのではなく風化して今あるこの形が美しいとしてきた。岩がゴロっと庭に置いてある。これが美しいのだ。
人の手が加わって形を造る美は西洋の文化。
時代と共にそれらは混じりあい新しいものがたくさん生まれ、良きもので失われたものもあるだろう・・
とにかく、人は自然界に介入しすぎた。一緒に生きているのに、人間だけがとんだ勘違いをしてしまったようだ。
日本人が手厚く手厚く育て、繋げてきた錦鯉は国魚となった。
絵の具を塗ったかのような鮮やかな紋様を見ていると、人の手が加わるのも決して悪いことじゃないな、という気もする。
人間がいなければ錦鯉は生きられない。
そういう’美’もアリか。。。
玄関で日本作の国魚を眺め回想にふけて、キッチンへ行く。
今朝は母親が寝坊したらしくごはんしか炊けていない。
「ふりかけか海苔で食べて!味噌汁は今できるから!」
味付け海苔を袋のままぐちゃぐちゃにして海苔を適当に砕き、ごはんにまぶす。
まばらな海苔の群集を箸でかき混ぜていると、
錦鯉の背中のようだ。 と初子は思った。