「関口さん、お願いします・・」
駅の構内に貼ってあった怪しげな求人広告になんとなく惹かれ、勢いで電話してみたら、「今日来れるなら今からおいで。」と、優しそうな口調で言われたので、迷いながらも行くことにした。
『電話相談 あなたのお悩みお聞きします。』
電話相談アドバイザー募集 / 20〜50歳位まで / 自給、時間、詳細は面接にて。誰にでもできる簡単なお仕事です。
ここから2駅だし、本当に話を聞くだけでいいならできそうだし。
・・・・・怪しさ満点だけど。
なぜだか妙に興味が出てしまい行動に移している自分が意外だった。
2時過ぎに、陰気そうな雑居ビルに着いた。
入らず、電話をしてみる。さっきのおばちゃんとは違う、低い声のおばちゃんが出た。ビルの前にいると言うと、下まで迎えに来た。
迎えに来られたらもう逃げられない・・・
思ったより、中は案外きれいだった。書類などは棚にきちんと整列されていて、床なども掃除が行き届いているように見えた。
ソファに座らされ、冷たい麦茶を恐る恐る飲む・・・
・・・10秒経ったが何ともない。大丈夫だ、薬は入っていない。
しばらく待たされた。その間、電話がしきりに鳴っている。
それを3人でとめどなく受け答えている。電話の回線数にスタッフの人数が追いついていない。甲高い音が響きわたる。
「ちょっと、あんた、悪いけど電話に出てくれる?」
「・・・・え!!??僕ですか????」
「そうだよ、あんたしかいないわよ。早くっ!そこのっ!」
まだ仕事内容どころか、名前も名乗っていないのに、いきなりの指令だった。なぜかすごく怒られている感じなので仕方なく、とりあえず、出た。
「・・・は、はい。・・え、え〜と、お悩み相談室、アットホーム?・・です。」
事務机の上の電話の横の社内資料と書かれたファイルに、そう書いてあった。「アットホーム」っていう会社なのか。
「あのぅ、ちょっと困ってるんですけどー・・」
「は、はい。どうしたんですか?」
「あのぅ・・ダイエットしてるのに、全然痩せないんです。」
「・・・・どんなダイエットしてるんですか?」
「コーヒーが、ダイエットにいいって聞いたから、コーヒーをたくさん飲むようにしてるんです。あ、あと食事も前より少し減らしてます。」
「ブラックでコーヒーを飲んで、食事も減らされてる・・・運動もされてるんですか?」
「いえ。っていうか、コーヒーはブラックだと飲めないんで、お砂糖とミルクをいっぱい入れてるんです。運動は、特にしてないです。やっぱり運動した方がいいんですか?」
「・・・・・・・・・・・・砂糖は入れないほうがいいと思います・・。」
「え?でも、せっかくコーヒー飲んでるのに?」
「・・・はい。あの、砂糖やミルクがよくないと思うんです・・・」
「そうなんですかー!?」
そうだろうよ・・。
「代わりにお茶を飲まれたほうがいいですよ。」
「あ、わかりましたー。」
「それから、運動もなるべくされたほうがいいですよ。」
「はい。ありがとうございました〜!」
「あ、ありがとうございます。頑張って下さい。失礼します・・。」
・・・・・なんじゃそりゃ!?
世の中色んなやつがいるんだな。と驚いた。
でも、こんなことなら結構簡単だし、楽かもしれない。
「どう?簡単でしょ?」
さっき、意味無く怒り口調で指示されたおばちゃんが僕に聞いた。
3時になって、どうやらバイトの人が2人来て、相談役が間に合っているみたいだ。やっと面接が始まった。
「さっきやってもらったようにしてくれたらいいから。しょうもない内容がほとんどなのよ。<はい。はい。>って聞いてあげたら納得するの。顔が見えないから、いきなり本題に入ることが多いけど、たいした悩みじゃないようなことが多いわね。でも、本人さんは真剣だから、否定はしないように、聞いてあげてね。」
「はい・・。」
ん?もう働くの前提で話してるけど、名前とか聞かないのかよ・・
「あ、これに必要事項書いといてね。自給は、¥1100。シフト組むから入れる日これに書いといて。」
住所録のようなノートとシフト表を渡された。名前が書けて、ほっとした。
僕の「働く」かどうかの最終ジャッジはどうやら無視のようだが、乗りかかった舟だ、(僕の選択だし)やれるだけやってみよう。
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「こんにちは。電話相談室、アットホームです。」
「・・・・どうして私は生きているんでしょうか・・」
「ど、どうしてでしょうねー・・?私にもそれはわからないです。」
「・・私、生まれたくなかった・・」
「あー、それは選べないですもんねー・・。でも、みんな、どうして生きてるかなんて知らないですよ?それを探すために生きてる・・という感じですかね。」
「・・・・・・」
「あの、何か辛いことでもあったんですか?」
「・・・・・死にたい。」
へーへーへー、ヘビー・・・。たまにこういう種類の電話がある。
死ねないから電話してくるのだ。
「じゃぁ、3日、3日だけ我慢して、3日間のうち、1日も雨が降らなかったら死ぬのは諦めましょう。1日でも雨が降ったら、またこちらに電話して下さい。死ぬ為の最善の方法をお教えします。」
冷静に考えたら、随分一方的な提案だが、案外素直に聞いてくれる。
条件を付けると、結構諦めがつくらしい。雨が降らなくて、本当はみんなほっとしているんじゃないだろうか。もし、雨が降っても、電話さえしなければ、死なないで済む。
本当に電話があったら・・・<あなたはとても勇気のある方です。僕はあなたが羨ましいです。どうしたらあなたのようになれるんですか。>と、問う。すると、驚かれてそれ以上は「死にたい」という言葉を発しなくなる。
アットホームで働くようになって、1年以上が経った。
おばちゃんの中で働くのも慣れた。僕は、自分で思っていた以上に人と話すことが好きだと知った。自分のことを発見するのはなんだか嬉しい。
「関口クン、ご指名だよ。」
面接をしてくれた浅本さんに呼ばれた。
僕と話したいというリピーター?が増えている。
カリスマアドバイザーと茶化された。
毎度、毎度同じ話の主婦。
いじめが辛いという中学生の男の子。
リストラされるのではないかと思い込んでいる男性。
子供を虐待してしまっているのではないかと戸惑う若い母親。
趣味がなくて困っている定年退職したおじさん。
生徒に馬鹿にされると悩む新卒の教師。
友達が信用できないという女子高生。
職が定まらないという30代の青年。
エトセトラ・・・
別に、ただ聞くだけだ。
思ったことを言うだけ。それだけのことでみんな安心する。
僕も悪い気はしない。
フリーターのバイトにしては、よく続いているほうだ。
僕の将来だって見えないのに、他人の人生にとやかく口出ししている場合じゃないが、自給¥1100、日給にしたら¥5000〜6000。
みんなよりは社会を知らない割に、このお札の重さは誰より重たいように感じられる。
答えは案外単純だけど、人の心は複雑だ。
無知な若造の目には、飛び交う無数の複雑回線が赤外線レーダーのように見え、解除する方法を探す。
さながら僕はヒーローか。いや、ただの単細胞だな。
・・・・どっちでもいいか。