雑誌の切り抜きを持って美容院へ行った。本当は、深津絵里の写真がイメージに一番近いのだけど、深津絵里みたいになれるなんて思ってないのに、美容師に深津絵里みたいになれると思ってんじゃないの?って思われそうで嫌だったので、一般モデルの写真をわざわざ探した。
私はかなりくせっ毛なのでストレートパーマをかけている。1ヶ月前にあてたばかりなので今回はカットだけでいけるのか聞いた。くせに関しては大丈夫とのことだが、写真のヘアスタイルは今とそう変わらないから今回はカラーリングをしてみてはどうかと言われ、深津絵里は黒髪でそれがかっこいいと感じて憧れているくせに、目の前の美容師さんがいつもお洒落で髪の毛は明るめに染めていて、その場の一時的な流れで、カラーもいいかも・・なんて思ってしまい、「お願いします。」なんて口走っていた。今夜は無礼講!的な感覚だった。

ダメージ補修のトリートメントも施してもらい、ブローをしてもらっている私の髪の毛は艶々に光って綺麗だった。
「お疲れ様でした。トーンが少し上がっただけでも印象が変わりますね。こういう感じも素敵でお似合いですよ。」
と言われた。確かにいつもと印象が変わって、天津甘栗っぽく美味しそうな色になった。







「毛、染めたの?」
美容院へ行った2日後に母に言われた。気付くのが完全に遅いが、いつもの調子なので、私は普通に「そうだよ。」と答えた。「甘栗みたいでかわいいわよ。」と言われ、私も母と同じようなことを周囲にしてやしないだろうかと少し不安になった。
「ほたるちゃん、甘栗食べたくない?」
「・・・別に食べたくないよ。」
「お母さん、ほたるちゃんの頭見てたら甘栗食べたくなっちゃった。一緒に食べようよ。だから買ってきて。」
「食べたいのはお母さんなんだから、お母さん行けばいーじゃん。」
「お母さん、さっき買い物から帰って来たところなのに?」
・・・・関係ないし!私食べたくないし!でもこのまま話しててもどうせラチがあかないので、渋々買ってきてあげることにした。
「ついでに、黒船屋でチーズケーキ買ってきてもいい?」
どうせなら私の食べたいものも買うべきだと思い、頼んだ。
「なんで?衝動買いはやめなさいよ。」
返ってきた返事は矛盾だらけだった。いつも母のペースに巻き込まれていつのまにか母の思い通りに事は進むのだった。500g入りの甘栗がきっちり買えるだけのお金を持たされ私は商店街へ向かった。


父も母も私の事を「ほたるちゃん」と呼ぶ。本当の名前は「蛍子(ケイコ)」だ。
私が生まれた時、父親は蛍光灯を買いに行っていた。家に帰ったら、ばあちゃんから病院から電話があって私が生まれたのを知ると、父は、蛍光灯を取り替えてから病院へ行った。
「部屋の蛍光灯も生まれ変わった。絶妙なタイミングでこの娘は生まれたんだよ。名前は蛍子だ!」と母に言うと、その足で出生届を出しに行ってしまった。このふざけた理由を初めて聞かされた時、父はとても誇らしげに語っていた。母も私の生んだタイミングのおかげよと言わんばかりの表情だった。幼いなりに空気を察して、「ありがとう。」と残念な出生秘話を感謝の言葉で締めくくった。こんな由来は恥ずかしくて友達には言えないので、幸い丁度夏生まれだったので、私が生まれる少し前に、両親が蛍を見に行った時、綺麗な蛍を見ながら父親が名前は「蛍子」にしようと言ったから。と、自分でロマンティックに脚本して話している。本当は、スーパーの家電コーナー。しかも生まれた瞬間に。
どうせ「ほたるちゃん」と呼ぶのなら、なぜ「蛍」か「ほたる」にしなかったのかと聞くと、「北の国から」でいじられてお前がいじめられたら困るだろ、とむしろ危機を回避してやったのだという間違った優しさから「蛍子」になった。その由来の方がよっぽどネタだろ、と心で思っていた。

子供の頃から、親が「ほたるちゃん」と呼ぶので、周りも皆「ほたる」と呼んでいる。多分、「蛍」だと思っている人も多いだろう。父親の心配していた「北の国から」に絡んだイジリは今のところ一度もない。本籍を「ケイコ」にしていたら、普段は「ホタル」と呼んでもからかわれないと思った心理を追求したいが、追求したところで名前は変えられないのでしない。




閉店間際に、商店街のお茶屋さんの前に出ている天津甘栗の小さいスペースに辿りついた。
500円を払って500gの甘栗の袋を受け取った。
あったかい甘栗達を上から覗き込みながら、やっぱり美味しそうな色だな、と思った。



家の前に着いたところで後ろから声がした。父親が帰ってきたのだ。
「ほたるちゃん、どっか行ってたのか?」
「おつかい。」
母親が私の頭を見ておつかいをさせた下りを話すと、父は「そりゃ、欲しくなっても仕方がないな。」と信じられない共感を見せつけ、私は<家の中で理解を求めても仕方がないな>と思った。夕食の前後に母は甘栗を食べた。私と父は夕食後に甘栗を食べた。甘くて美味しかった。



なんとなくテレビを観ていると、古めの「北の国から」の映画の再放送が始まった。ゴロウさんが、ものまね芸人のように「ほたるぅ〜」と言っていた。三人で最後まで観た。ほたると呼ばれると、少々反応してしまう自分がいた。
「おいっ、ほたる、お前も「蛍ちゃん」みたいに昔は可愛かったんだぞ!」
父親が映画に感動して泣きながら言った。私も親にベタベタはしないが、避けたりするほど反抗的でもなく、どちらかといえばまだ親と喋る方だ。父はただ悲劇的にしたいだけでそんなことを言っているだけだ。母に至っては、
「なんなら息子も生んで、純くんにしたらよかったねぇ。」などと言い出した。
「ほんとだ・・・」
しみじみと父も共感していた。



・・・・・。
いじられたくなかったんじゃないんですか?
いじってほしかったんですか?




私は、残りの甘栗の皮を親指の爪で力いっぱい押しながら、次々とパカパカ皮を開けながら、イライラしていた。
テレビを観ながらいくつか開けて、左横に中身だけを溜めてから後で一気に食べようと思っていた。5、6個溜まったくらいで、そろそろ食べようと思いテーブルの正面より左を見た。
甘栗はなかった。
同じようにテレビを観ながら、母が私の剥いた栗を食べていた。普通に。
「お母さん、わたしにも一個くれ。」と、父。
「はーい。」と母が父に私が剥いた栗をポーンと投げた。父がそれを口でキャッチする。
「お父さん、ナイスキャッチィ!」と手を叩いて喜ぶ母。褒められて得意気に笑う父。





もう、「ホタル」でも、「ケイコ」でも何でもいいわ、と思った。
「蛍光灯」でもいいと思った。


二人には「ほたるちゃん」に変わりはないのだ。









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