ー 二又コミュニケーション −




<昭和30年代末期 京都>

舟越製材所へおがくずを買いにトラックを走らせた。横に息子の勇策を乗せたまま、途中で頼まれ物を運ぶ。お小遣い程度だがいくらかお礼を受け取り、息子さんにと、ラムネを一本頂いた。車のある僕の家は、よく物を運ぶ用事を頼まれる。良いお小遣い稼ぎだった。製材所からの帰りもずっと、勇策はラムネの瓶を大事に握り締めていた。「開けたる、貸してみ。今飲んどかなねーちゃんの分ないねんから。内緒やで。」信号待ちで、息子の手から半ば無理やり瓶を奪って、ビー玉を下に落とす。もったいぶっていたのか、ねーちゃんに自慢しようと思っていたのかは知らないが、不服そうな顔だった。しばらく走って息子の様子を伺うと、ラムネは空っぽになっていて、上唇に付いたラムネの雫を舌でペロペロ舐めていた。その顔は満足気だった。
伏見と南の境近くの東山は、閑静とは言えないが活気に溢れた土地だ。息子を車から降ろし、燃料のおがくずを釜にくべ、営業の準備を始める。火の番は親父がする。沸いた湯を風呂に張り、僕は表に湯の字ののれんを下げた。それと同時に安井はんが来るのが常だ。真冬以外はステテコ一丁に桶を持ち、帰りも同じ格好で帰って行く。しばらく後に安井はんの奥さんが来る。それぞれ男湯、女湯の一番風呂だ。僕は玄関を軽く履き、風呂が混む前のひと時を気長に過ごす。
日の暮れに入り口の表の植木に水を遣っていると、下駄の音が近付いた。
「てるちゃん、来てるか?」
たばこやの辰夫だった。「おう、さっき来たとこや。中にいはるで。」ホースの口を潰して水の勢いを強めながら、てるちゃんが来ていることを伝えた。家に風呂を造る家もだんだんと増えてはいたが、庶民の家にはまだ風呂のない家が多かった。皆、風呂で誰かしらに会えるのを目的に来ている。誰かに用事がある時は、いそうな時間に風呂屋に行けばいい。銭湯は「風呂」以外で担う役割が結構大きい。「おいでやす。」辰夫を迎え入れる嫁さんの声が中から聞こえた。間髪入れず「またおいでやす。」と聞こえ、のれんを分け出て中から仏壇屋の村田はんが出てきた。「勇三、おやすみ。」と言われ、「おおきに。」とお辞儀をして僕は中へ入った。僕が結婚して親父と代替わりをしても、番台に、母さん以外に嫁さんが座るようになったことくらいしか特に変化はなかった。安井夫婦を皮切りに、男も女も次々と馴染みの顔がやってくる。日々変わらない光景だが、番台を境に二又の通り道には毎日新鮮な空気が流れる。女湯の脱衣所から甲高い笑い声が響く。女は一度入るとなかなか出てこない。風呂もそこそこに話が尽きないようだ。脱衣所でしこたま喋り、下駄を履き、帰るのかと思いきや玄関の段の隅っこに座りまた喋りだす。明日話せばええのに。と男は思うのだった。








<昭和50年代 初期>

営業の終わった後のガランとした浴場で、俺は足を伸ばして首までつかり鼻歌を歌った。友達に「贅沢」と言われ、これは贅沢なんだと知った。壁のタイルに描かれた富士とカモメを何となく見つめながら、そろそろサウナに入ろうと湯船に浸かりながらタオルを絞った。風呂に入ったついでに、風呂掃除をするのが家族間の暗黙のルールだった。女湯は姉貴がして、男湯は俺の役割だった。サウナの後でデッキブラシとタワシを持って、浴場のタイルの目地をこすった。すぐに面倒臭くなり、桶で湯船の湯を適当に撒いて終わらせた。真面目に掃除をする日もあったが三日と続いたことがない。銭湯と家は少し離れていて、専門学校に通う時に、毎朝「松の湯」の前を通る。早朝からおとんとおかんは風呂の掃除をする。濾過機の逆洗や湯沸かし器に溜まった垢や髪の毛などの掃除、脱衣所の掃除など毎日しなければならない。通ったついでに入り口を覗くと、浴場の引き戸を全開におとんがブラシを掛けていた。夕べ俺がサボった所をきっちりブラッシングしていた。なんだかバツが悪いので、気付かれる前にさっさと自転車にまたがった。

「こんな毎日、ええなぁ!」
専門学校で知り合った修司がでっかい声で言った。最後のお客さんが帰った後の風呂は、俺達の貸切だった。「もっと早うにユウサクんちに泊まりに来ればよかったわ!」修司は今にも泳ぎだしそうな変な格好ではしゃいでいた。銭湯は知っていても、ここが自分ちだったら・・・と想像すると、ついつい興奮してしまうのだろう。「・・え、でも、掃除とか管理とか、結構大変やで?」俺は掃除すらろくにできないのに、知った風に言った。「サウナもあるしなぁ。・・・なぁ!今度女湯覗こうや!」俺の話などまるで聞いていない。修司は銭湯から連想される事柄をできるだけ口にした。「・・覗けるわけないやろ。」家が銭湯だと知ると、何度と無く同じことを言われてきた俺には飽き飽きする言葉だった。「なんで穴とか作っとかへんねん!」怒られた。「穴なんてないわ!壁とかタイルとか天井とか、簡単に開けられるわけないやろっ!」俺もついムキになって答えた。「・・・そうか、できひんのか・・」修司は本気でがっかりしていた。「・・おばはんや子供の裸見て何がおもろいねん。」納得してもらえそうな理由を考えて言った。「・・・見てみな熟女の良さはわからんやろ!」言い返しては来たが、現実はそう甘くないということを悟っている様子だった。「商売は信用が大事や。銭湯の息子が覗きしてどないすんねん。・・・シュウジ、サウナ入ろか。」シラけるとはわかっていても、俺は真面目な台詞を吐いてタオルを絞り身体を拭いた。俺の後に修司も続いてサウナに入った。
「俺、風呂の掃除せなあかんねん。シュウジ、先あがって待っといて。」
俺はブラシとタワシを持って再び浴場へ入ろうとした。手伝うわ、と修司が俺の持っていたタワシを取った。やり方を教えながら、二人とも裸で丁寧に風呂掃除をした。二人で手分けをしても結構しんどい。これをおとんは毎日しているのか・・と思うと、サボらず真面目にやろうと心の中で誓った。桶で湯船のお湯を汲んで、これまた丁寧に床のタイルに撒いた。男湯には釜への入り口があって、今は番台に湯沸しのスイッチがあり、いちいち釜まで行かなくても良いが、昔は付きっ切りで火をくべて釜の番をしていた。掃除の最後に桶と椅子を積み上げ片付けながら、何気なく釜の戸口に目が行った。改装前の釜戸の上のタイルにはヒビが入っていたことを思い出した。
俺が高校に上がる頃に、「松の湯」は大改装をした。それまでは、サウナもなかったし、洗い場の一つ一つにシャワーもなかった。サウナは改装当時まだ珍しく、おとんはサウナ代を別でとらなかったので皆に喜ばれた。サウナの増えた今では、お客さんに、「勇三、なんでサウナ代とらへんねん。よそは皆とっとんで!もったいない。」とよく言われている。おとんは、取る気は全くないらしい。「おまけでサウナに入ってもろたらええねや。」と言っている。先駆けだったことと、風呂代だけでサウナに入れることで新装後、「松の湯」は繁盛した。それを狙ってやるほど器用な人間ではないだろうが、皆に喜んでもらいたいというおとんの気持ちが生んだ結果だと俺は思っている。銭湯の設備も時代に漏れることなく近代化が進み、じいさんが釜戸に出入りすることも少なくなった。俺が小学校の頃、じいさんが目方を誤り、かまの戸口の上のタイルで頭をぶつけた。釜の戸は大人はかがまないと通れないくらい小さい戸口だった。ぶつけたところを見たわけではないが、頭を抱えて戸の前でしゃがみこんでいるのを見たのできっとぶつけたのだと思う。頭をさすりながら険しい顔つきで風呂場から出て行った。すぐに戻ってきたが、手には金づちがあった。何の躊躇もなく釜戸の前に早足で近付くと、勢い良く金づちをふりかざし、自分で頭をぶつけたタイルに思いっ切り打ちつけた。タイルにはピキっとヒビが入った・・。気が済んだのか、じいさんは今度こそ本当に風呂場から出て行った。俺が、なぜその時風呂場に居合わせたのかはわからない。とにかく恐ろしい光景だった。おとんとおかんに話したかどうかも覚えていないが、寝る前に布団の中で、姉貴にその話をした。
「笑えないドリフのコントみたい。」
あっけらかんと言われたので、俺は少しばかり恐怖が和らいだ。
久しぶりに思い出した記憶にも関わらず、強烈に鮮明な記憶だった。俺は修司と並んで着替えながら、風呂上りに何を飲むか、という質問に、「オロナミンC。」と答えた。











<昭和10年代 中期 第二次世界大戦中>

父さんが風呂の湯を沸かし始める頃から、入り口の前には長蛇の列ができていた。一日置きに営業ができる「松の湯」は遠くからもお客さんが足を運んだ。戦争で燃料がなく、よその銭湯は三日に一度の営業がせいぜいだと父さんが言っていた。ここは、近くに軍事工場があって、爆弾や爆薬の箱の廃材を売ってもらえたので、燃料は何とか調達できていた。タンクの水が沸き、湯船に湯を張り、並んだ客を入れる。風呂に溜める湯でタンクの湯はほとんどなくなる。男も女も我先にと風呂場へ突っ込み、湯船の湯は掛け湯であっという間に底近くまで減る。たまり湯のような風呂に隙間無く人が浸かる。入りきれない人達が脇のほうで順番を待つ。片足を突っ込みながら、入り込む一瞬の隙をギラギラと狙っている。芋洗いの芋よりも泥臭い光景だ。数時間かけて沸かして溜めたお湯が無くなるのは瞬間劇だった。第一陣で入り損ねたお客さんは、タンクに水を溜め、それが沸くまでまたしばらく待つより他ない。僕は、お客さんを入れる前の風呂に入る日もあった。なるべく控えめにお湯を使い、ポチャンと一人湯船に浸かると、取り残された小芋のような気がして少し寂しい気もした。
風呂のない日も家の前に人が並んだ。銭湯の営業と一日置きで畑をしている父さんが引き車で採って帰った野菜を買いに近所の人が並ぶのだ。「お金なんて、価値ないで。」と大人はよく言っている。そのお金でうちの野菜は買われて行くのだ。ばあちゃんが、丸まった背中に野菜を背負っては、近所のお父さんが兵隊さんに行っている家のおばちゃん達に野菜をわけてあげているのを僕は見ていた。お金に価値なんてないから、ばあちゃんはみんなにあげているのかな。ばあちゃんは、近所のみんなから慕われていた。畑は遠い遠い山の中にあって、子供の足ではついていけないと言われていた。銭湯のない日に、たくさんの野菜を引き車で引っ張って帰ってくる父さんなのに、ごはんに食べる野菜はいつも僕達よりも少なかった。
長男の僕は、あまり忙しくない日の銭湯の下駄番をしたり、浴場の掃除を手伝ったりした。父さんの畑仕事も早く手伝えるようになりたかった。母さんの座る番台にも座ってみたかったが、男はあかん、と父さんに言われた。











<昭和30年代 末期>

「勇策、一番風呂に入るか?」
おとんと一緒に製材所に行く前に、どっかのおばちゃんから貰ったラムネの空瓶をねーちゃんに見つからないように下駄箱に隠して、おかんに言われるまま風呂に入った。湯船に浸かっていると、安井のおっちゃんが来た。
「お?今日は一番、取られたなぁ。はっはっはー。」とおっちゃんが大きな声で笑った。おっちゃんは、椅子に座ってザバザバと頭から湯をかぶった。しばらく落ち着かない動きをしていて、変な人だと思ったら、突然さっきより大きな声で女湯に向かって叫んだ。
「かーちゃーん!石ケン忘れてしもたわー!」
女湯からは、「どないすんの。諦めよし!」と安井のおばちゃんの声が聞こえた。
「そっちの鍵開けて、チャチャっと石ケンだけ渡してくれたらええやん!」
男湯と女湯の間に小さい扉があって、鍵は女湯のほうに付いていた。
「しゃーないなぁ!こっちまだ誰もおらんし、今のうちやで。はよ取りにき!」
おばちゃんがカチャっと鍵を開け、手だけ男湯のほうに出し、石ケンを差し出した。
「おおきに、おおきに。」とおっちゃんは石ケンを受け取ったが、「なんや、ちっさい石ケン!!」と、ぶつぶつ文句を言っていた。そんなやりとりがあったとは知らず、他のお客さんも何人か来始めた。のぼせそうになったので、あがることにした。脱衣所の鏡で見た顔は茹でダコみたいに真っ赤だった。喉も渇いていた。やっぱりさっきのラムネを飲まずに取っておくべきだったと思った。
番台のおかんと目が合った。タコみたいな顔のせいか、おかんはクスクス笑った。そのせいで、余計に赤くなるのを感じた。





<昭和30年代 末期>

嫁さんの「おいでやす。」「またおいでやす。」という小気味良い声を耳に、男湯の脱衣所の点検と片付けをしながら、最後のお客さんが帰るのを待って僕も風呂に入った。広い湯船を一人で占領するのはなんとも気持ちの良いものだ。営業途中で風呂場の様子を覗きに来た時に、遠山の金さんみたいな背中に子分の若いのが湯をかけている横で、小さい坊主が不思議そうに見つめていた。おもむろに近付いて、金さんの背中を指でなぞって、その指を見ながら、不思議そうに首をかしげていた。背中がくすぐったかったのか、坊主が可笑しかったのかは知らないが、金さんはニコニコ笑っていた。どんな人でも、風呂で喜ぶ顔を見るのは嬉しいものだ。
湯船でしばらく身体を癒すと、次は風呂の掃除が待っている。勇策がもっと大きくなって、風呂掃除くらいできるようになる日が早く来ないかと、期待に胸を膨らました。
男湯にしかない天窓からは夜空の星が輝いて美しかった。











ー 灯火管制 −



夜になって電球を点ける前に、じいちゃんと父さんがすべての窓の黒いカーテンを閉める。上のほうの小窓はペンキで黒く塗り潰され、昼でも夜でも光りを通すことはない。電球にも黒くて細長いほっかぶりみたいなものをかぶせてある。黒い窓は、夜を更に暗くするような感じがする。下駄番をしながらカーテンを閉める父さんを見ていた。
「ふろあかいぞー!」
外から声がした。灯りが漏れていることを知らせてくれたのだ。父さんが窓に近付き、カーテンにできた隙間を慎重に閉め直すのを見ながら、アメリカ軍の飛行機が僕の家を見つけて爆弾を落っことしやしないかとドキドキしていた。まだ見つかっていないかもしれない。お客さんが通る度にできる出入り口の隙間を、僕は黒いカーテンの端っこでいちいち埋めた。外の見えない黒い布の向こうに、アメリカ軍の戦闘機を見ていた。汗ばんだ手には、お客さんに渡す下駄の番号札が数枚あった。もうずっと、夜空を見ていない。窓を開けるのが怖くて星を見ていない。

大人になったら、明るくて、毎日たっぷりのお湯をみんなが使えるお風呂屋さんにしたいと僕は思っていた。夢みたいだけど想像すると胸がワクワクした。




「勇三、これやるわ。」




下駄番のご褒美に、と酒屋さんのお客さんがくれたラムネを、下駄箱の隅っこに隠し置いては大事にチビチビ飲んだ。あの窓から星空が眺められる日を夢見ながら。



Comment


楽しみです。またお邪魔させてください。
■ももちゃん様
ありがとうございます。。
いつでも来てください。。

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